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道具集めの文具スキー、カメラ好き。秋になると手帳の熱い語りが増えます。
月と水蓮と手帖
シューカツ!イェーイ!(2)
2013-01-07-Mon  CATEGORY: 終活
「・生前イェーイで遺影を撮る」

ほぼ日オリジナルの元旦のページに来年実施したいことを7項目ほど記入してから
少ししたある朝、NHKおはよう日本内で大阪のある写真館の女性写真家を取り上げた
ものを見ました。

ローレフォト
http://atorietorako.com/aboutrole.htm

正に「これだ!」と思いましたよ。


それまでは、自分で見つけた家近エリアのスタジオで撮ってもらって、
”このデータを使ってくれ”と家族に申し伝えるつもりでいました。
(そのスタジオも宣材写真や就活写真で高評価を得ているところです)


でも、ローレフォトはちょっと違う。その人が眺めて力を貰うという側面もある。
自分が自分で在るための写真。それがローレフォトと理解しました。
生きているうちは自分が力を貰って、眺めて楽しんで、死んだら遺影に使ってもらう。
理想の形だと私には思われました。

写真館が大阪なのでちょっと遠い。家から新宿に遊びに行くように気楽には行かない。
でも、この人にお願いしたい!!

番組を見たその日にネットで調べてコンタクト。
先ずは、混雑状況と待ちの期間を確認。
その後、日程を確認して予約してしまいました。

まだ、休みが取れるかどうか本当に行けるかどうかも不確定な部分は残っていますが、
情報をキャッチして、コンタクトをとって、予約も出来た。
モノゴトがゴロリ、と転がり始めたのです。

取りあえずこのまま転がしてみます。
頓挫したら、また仕切りなおす。

先ずは一歩。踏み出せた自分を褒めてあげたい。




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シューカツ!イェーイ!
2013-01-07-Mon  CATEGORY: 終活
就職活動楽勝!ヒャッハー!(^^)!ってエントリじゃ有りませんm(__)m

「終活」「遺影」です。

人生もかなり生きてしまって、寿命は分からないから「予定は未定」なのですが、
今と同じように働いたり、遊びに行ったりなどの活動可能な残り時間が10~15年
がいいトコロだろうと(自分で勝手に)想定しているわけです。

全く根拠がないわけでもなく、中華街で見てもらった占いでこれくらい先で運気がガ
クッと下がっているので、Endを迎えるか、迎えないまでも病気などで寝たきりな
どの状況に陥る可能性も高いと考えています。

15年後に元気に生き延びていたら、その先はそのとき考えます。

親世代は「自分が死んだときのことを考えるなど縁起が悪い」とタブー視しがちです
が、私は気にしないし、寧ろ大切なことと考えている。

実はこう考えるには2つほど理由がありまして。

先ず遺影。父と祖父共に葬儀の際に遺影の写真であたふたしてしまったので。
二人ともマトモな写真がなく、法事の際に撮られたスナップから遺影に起したので
す。
父に至っては、幼稚園児が「おじちゃーん」カシャッ、レベルで微妙にピンボケ気味
を修正した。
他に写真がなかったから。

自分も旅行に行ったり、遊びに行った時に写真は撮りますが、自分を撮ることが無
い。
700枚撮っても自分は1枚も写っていないとかはしょっちゅう。

モトから並以下の容姿で、しかも自分の葬儀の際に写真が無くて不本意な写真を遺影
にされるなら、自分がこれを使って欲しい、と思えるものを残した方がいいのではな
いか。
これ自体はずーっと思っていて、でもなかなか実施に移せずにいる(ヲイ)


もう一つが戒名。流石に生前戒名はまだ早いとは思いつつ、
祖父の戒名が
○○○○乗鶴○○居士
というものでありまして、祖父の葬儀の後暫く何かの折に父は
「親父が鶴に乗ったので俺は鷲に乗る!」としきりに言っておりました。

父の葬儀の折に、伯父と母が戒名の打ち合わせを始めた。
葬儀社の担当だったか寺の担当だったか失念したが、その場に居合わせた私は
「お、”俺は鷲に乗る”話が出るな」と様子を見ておりました。
ところが(私的には)肝心の話が出ないまま打ち合わせはまとめに入りつつある。
いかん、このままでは父が鷲に乗れなくなる!と打ち合わせに乱入(笑)
かくかくしかじか故人の意思を伝えるも、母と伯父は「何馬鹿なこと言い出すのこの
娘」状態。
喪主でテンパっていたのか、同じ事を聞いていたはずの母ですら、知らない、覚えて
いない。と言い出す始末。
却下されそうな流れを無理やり
だって本人が「親父が鶴に乗ったので俺は鷲に乗る!」って言ってた!!!!
と故人
の意思を振りかざし、状況が分からないまま根負けした伯父が、
「この娘がこう言っているので”鷲”の字を使ってください」頼んでくれた。
結果、
○○○鷲居士
鷲には乗らなかったけれど、鷲の字は入れてくれた戒名がつきました。
文字数は少ないですが、漢詩の一説みたいで良いと思っています。


死んだ時の話をするのは縁起が悪いという母ですら、
「私、百合が自分の花だと思っているから、葬式には百合の花をたくさん使って」
実は母親は白菊が嫌い(笑)
「あ、でも百合は高いからオール百合は諦めるけれど、出来る範囲でなるべく使っ
て」
こんな話もあるわけです。

昨今の終活ブームで、終活ノート=エンディングノートなんてものも販売していた
り、作り方を案内したサイトもあります。


永六輔氏が”終活””エンディングノート”なんて言葉が出るはるか昔、自分が死ん
だ時のことを考えて記載している。と話されていたのを見た記憶があります。
葬式の規模やかける曲、呼んで欲しい人、逆にコイツだけは呼んでくれるな、という
リストなどもボロボロ泣きながら書いたと。

このときは私もまだ若かったから、いつかそのうちで先送りすることが出来た。
ただ、考え方としては大事かも。とは当時から感じていました。


昨年12月にほぼ日オリジナルの元旦のページに来年実施したいことを7項目ほど記
入した中に
「・生前イェーイで遺影を撮る」
 ※このトキはこんなテンションだったのでしょう(笑)


そして、モノゴトは動く時には大きく動くもので・・・・



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