FC2ブログ
道具集めの文具スキー、カメラ好き。秋になると手帳の熱い語りが増えます。
月と水蓮と手帖
開発者の見る景色
2013-03-28-Thu  CATEGORY: カメラ・写真
100QDで今の景色を撮って画像の微妙なニュアンスの差を感じた時に思ったこと。

最終的には感覚値なんだな。と。

勿論、22年前と今では各技術も精度向上、新技術も加わり日進月歩で進化する。
現在のカメラと20年前、30年前のカメラを比べると、精度がよくなっているとか、機能が進化増殖しているとか、差は出て当たり前だ。
機能が多いのがいいのか悪いのかは置いておいてww

更に考える。洋服に流行があるように、画像にも流行があるのだろうと。

その時点で最新の技術で、製品化可能なコストとの兼ね合いで開発を行う時に、当たり前だが最終的な調整は人間が行うわけです。
意識していなくても、開発者の持っている「今のスタンダード画像」に近づくだろうし、意識していれば尚のこと、世間一般の「今のスタンダード画像」(ユーザーが喜んで飛びつきそうな流行の画像)に合わせてくるだろう。
もっと戦略的に、近未来トレンドの画像を仕込んで、これからはこの画像が流行ります。お手元の古いカメラよりもこの新製品の方が、小さくてデザインも可愛くてこんな素敵な最新流行の画像を撮ることが出来ます。とユーザーのわくわく感を煽る。
もっと進んだ開発者だとスティーブ・ジョブスばりに、ユーザーが認識していない潜在的トレンド画像を提供してくるだろう。ユーザーが画像を見て初めて「そうか、こういう画像が欲しかったんだ!」と気付かされるような。
100QDがどのレベルの画像開発意識で作られたかは知らないけれど、22年前はこの画像が当時の空気感とマッチしていたであろうことは想像に難くない。
そしてその空気感が今とは異なり、今の画像の空気感と比較すると古臭く感じることも。大半のユーザーは機能、画像、デザインなどが陳腐化したカメラを捨てて、新しいものに乗り換えるでしょう。それ自体は悪いことではない。

開発者の見る景色1


しかし、ごく少数ではあってもその当時の空気感に価値を見出すユーザーもいる。
それが、オールドカメラ・レンズマニアではないだろうか。
山は山。海は海。その時々、そして見る側の人間の心の角度でもインプットされる情報は異なる。
撮影者の角度で切り取った画像を、違う人間がそれぞれの角度で見る。
当然、インプットされる情報と湧いた感情は異なって当り前ですね。
そして、こういった感覚を持ち合わせていることは有難くも贅沢なことなのだなぁ(人´ω`)としみじみ。
そう考えると、尚のこと100QDに愛着を感じる。このコの切り取る画像に興味は尽きません。

開発者の見る景色2


振り向けば遠くなる、いつか見たあの風景。

そんな画像が撮りたいのです(^_^.)

身の程知らずとか言うなぁぁぁ!

コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 


Copyright © 2020 月と水蓮と手帖. all rights reserved.